Vol.58 AIR COLORS NAGOYA 日番谷 海『名古屋からの“挑戦”。』

Vol.58 AIR COLORS NAGOYA 日番谷 海『名古屋からの“挑戦”。』

名古屋で1000万プレイヤーになるのは難しい。そんな風潮の中【努力】と【想い】で彼は称号を手に入れてみせた。1000万プレイヤーとなった日番谷 海の言葉に暫し耳を傾けてみよう。

2020年の11月に売上1000万を達成されましたが、その時のお気持ちを教えてください。
海:達成した当初はあまり実感がありませんでした。その月末の締め日にナンバー発表をしていただいたときに、やっと実感が持てました。というのも、1000万という数字は名古屋では正直難しくて……。地方だからこそ売れづらいと感じることも多く、夢のまた夢のようなイメージでしたね。

名古屋で1000万はなかなかいらっしゃらないですよね。達成した月では「売り上げよう」と狙っていたんでしょうか?
海:めちゃくちゃ狙っていました。達成した11月はイベントが何もない時期だったんですよ。でも気づいたら達成できそうな金額になっていて。当時ホストを初めて2年3ヶ月くらい。名古屋で1000万を売るチャンスは今しかないと思い、お客様に気持ちを伝えて頑張りましたね。

1000万を達成するまでの壁は大きかったですか?
海:大きかったです!やはり名古屋と歌舞伎町では土俵が違うというか。「売りづらいよ」と言われる機会も多くてプレッシャーもありました。その壁をなんとか壊したくて。僕より先に1000万を売っていた人たちにアドバイスをもらい、めちゃくちゃ頑張りましたね。

1000万達成の秘訣はありますか?
海:指名本数を増やすことですね。名古屋は歌舞伎町よりも単価が低いので、やはり指名本数を増やすことで売り上げも上がっていくのかなと感じました。1000万を達成したときの月指名本数は70本だったので、本数の大切さは重要になると思います。

達成後、周りやご自身の中で変わったことはありますか?
海:知名度がかなり上がりました。東京で開催されたドリームナイトのヘルプに行かせていただいたときに、歌舞伎町店の人たちから「名古屋で1000万を売った人ですよね?」と声をかけてもらいました。少しは東京でも知名度が上がったのかな?と感じましたね。あとは、名古屋でも1000万プレイヤーはかなり名前が広がるので、他店舗の先輩方からも「すごい!」と言っていただく機会が増えました。
1000万を売ることは一流ホストへの第一の壁だとずっと思っていたからこそ、達成したことで自信に繋がりました。次のステップへの大きな追い風になりましたね。

海さんにとってAIR COLORS NAGOYAはどんなお店ですか?
海:最初にホストとして働いたのがこのお店なので、もう親のような感じですかね(笑)。21歳から入って気づいたらもう24歳。一番若くて大事な3〜4年をずっとこのお店でお世話になっているので、第二の親ですね。

今後お店でどんな役割を担いたいですか?
海:ムードメーカーになりたいです。やはりホストは新人がすぐに辞めていく世界でもあります。僕も新人の頃はたくさん悩んだ時期がありましたが、その度に先輩たちが励ましてくれて。それがあったからこそ3年頑張り続けられました。なので、僕も後輩をサポートしたり、1000万を売れるようにアドバイスをしたりと、人を育てられる側として動いていけたら嬉しいです。


KAI HITSUGAYA
AIR COLORS NAGOYA 幹部補佐

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